山上 憶良 万葉集。 m0802

唐からかえったと思われる。

俗世に倍 そむ く先生。

税や貢ぎなどをとりたてるために、政府 (朝廷)は 日本全国をいまの府県別のように分け、それを国とよび、国には役所をおきました。

万葉集のほうは原文、読み下し訳、現代語訳、解説文が付けられていて、非常に参考になりこの4冊で一応、万葉集としては充分な内容になっています。

「吾が恋ひし君来ますなり紐解き設けな」とは、まさしく妻問婚にあって、夜な夜な夫の訪ねてくるのを待ちわびる、妻たちの姿を歌ったものである。

『万葉集』巻6-978• 若し聖醫神薬に逢うは、仰ぎて願はくば、五藏を割刳し、百病を抄探し、膏肓の隩處に尋ね達す。

疫病が流行、大勢の百姓が死ぬ。

春秋左氏伝 巻十二成公に記載されている。

少々長いかもしれませんが、一通り載せておきます。

それでは以下に沈痾自哀文(書き下し文)を紹介します。

【補記】憶良宅に挨拶に訪れた遣唐大使多治比広成に贈った、往来の無事であることを祈る歌。

対句を重ねているところも、技巧を感じさせず、かえって歌に快いリズムをもたらしている。

(写真(上2枚)は大宰府展示館のジオラマを引用)。

壬申の乱がおこり、大海人皇子軍が勝つ。

壬申の乱がおこり、大海人皇子軍が勝つ。

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